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福岡高等裁判所 昭和44年(う)543号 判決

控訴人 原審弁護人

被告人 薬師寺和寿 外一名

弁護人 高原太郎 外二名

検察官 樺島明

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は被告人らの負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高原太郎(被告人薬師寺関係)、同小野亀寿男及び同橋本定(被告人薬師寺並びに同森関係)提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

第一被告人薬師寺関係

(一)  訴訟手続の法令違反(高原弁護人の論旨第一点及び小野弁護人の論旨第二点)について

所論は要するに、鉱山保安法五八条は使用人その他の従業者の違反行為を防止するため、鉱業権者においてその選任監督に相当の注意を払つたことが証明されたときは、免責する旨の但書が存するものと解すべきところ、原判決は右免責事由の主張があるにも拘らず、これに対して何らの判断も示していない。右は判決に影響すべきこと明らかな訴訟手続の法令違反であるから破棄を免れないというにある。

按ずるに、鉱山保安法五八条は、代理人、使用人その他の従業者らの違反行為につき、その行為者の処罰のほか、鉱業権者にも過失責任の存することを前提とした両罰規定であつて、従業者らの違反行為があつた場合、鉱業権者において右行為者の選任監督その他保安上の違反行為を防止するに必要な注意を尽さなかつた過失を推定するものと解される。したがつて、右の従業者らの選任監督その他保安上の違反行為を防止するために必要な注意を尽したことが証明されたときは、右の過失責任を免れるものであることは所論のとおりである。

かく解する限り、同条に右の趣旨の免責的但書はないけれども、該但書を付せる場合と同様に解すべきであり、右にいわゆる免責事由は刑事訴訟法三三五条二項の犯罪の成立を妨げる理由にあたるから、これが主張に対し判断を示すべきである。けだし、右の免責事由は究極的には鉱業権者の過失行為の存在を否定することに帰するものではあるが、右過失行為(従業者らの違反行為の存在により推定された)の不存在(消極的事実)を証明するためには、これが存在と相容れない積極的事実を証明する外はなく、この積極的事実は罪となるべき事実ではない。したがつて、右の免責事由は罪となるべき事実にあたらないものであつて、しかも過失の構成を否定するものであるから、該過失そのものの否認ではなく、刑事訴訟法三三五条二項にいわゆる犯罪の成立阻却の事由にあたり、この主張に対しては判決において判断を示さなければならない。

しかして、記録によれば原審において、被告人側から右の主張と立証(立証に対する判断は後記第一、二の(2) 参照)がなされていること明らかであるところ、原判決はこれに答えるべき判断を何ら示していないから、刑事訴訟法三三五条二項に違反するものといわなければならない。

しかしながら、右の免責事由の主張は所論指摘のとおり刑事訴訟法三七九条の手続違反であつて、明らかに判決に影響を及ぼすものでなければ破棄事由とならないものであるところ、後記認定(第一、二の(2) )のとおり、右の免責事由を是認することができないので、結局判決に影響ありとは認められない。そうすると、論旨は理由なきに帰する。

(二)  事実誤認について

(1)  小野弁護人の控訴趣意第一点は要するに、原判決は相被告人森拡の違反行為の存在を前提として、被告人薬師寺の犯罪事実を認定しているが、右森被告人に関する事実認定は誤りであつて、同被告人の違反事実は認められないので、被告人薬師寺に関しても事実誤認が存することは明らかというにある。

しかし、後記第二、(一)に示す如く、相被告人森拡の違反行為を構成すべき事実について、原判決の事実誤認は発見できないので、所論は前提事実を欠くものである。しかして、従業者たる森拡につき違反事実が是認される限り、鉱業権者たる被告人薬師寺の原判示過失行為をも推定し得るので、論旨は理由がない。

(2)  高原弁護人の控訴趣意第二点及び橋本弁護人の同第三点について

所論はいずれも、免責事由の存在を主張するものであつて、被告人薬師寺は保安委員会の設置、保安規程の作成、採鉱夫の教育訓練の督励、切羽の交換、照明設備や命綱の設置、隣接鉱区との発破協定など保安法規の要求するところは、すべて忠実に実施し、従業者らに対し機会ある毎に災害の防止に必要な指導監督をなして、鉱業権者としての注意義務を尽していたものであるところ、原判決は右の免責相当の主張事実の存在を看過又は誤認し、被告人薬師寺の過失を推定しているというにある。

よつて、本件記録及び原審取調べの関係証拠を精査するに、原審が所論指摘の免責事由の存否について、事実判断を看過したか否かは暫らく措き、少くとも原判決中にこれを示していないことは所論のとおりである。

そこで、右主張事実の存否及びその全部又は一部を是認し得ても、これがいわゆる免責事由に相当するかどうかを検討すべきところ、被告人経営の米庄鉱山において、保安規定が定められ、保安委員会が設けられていたこと、照明や命綱の設備があり、隣接鉱区との切羽の交換や発破協定をなし、採鉱夫の教育訓練も随時なされていたことは証拠に現われるけれども、反面、右保安規程には夜間又は薄暮時の発破若くは同時発破等に関する規定が不備で、本件事故後に規定されていることなどに徴すると、右保安規程のみでは必ずしも十分でなかつたことが窺われ、更に、既存規定の遵守も完全になされていたとは認められず、照明設備が存しても、これを必要とすべき発破作業の時間に使用されていなかつたことなどに照らすと、保安係又は保安委員会の活動も必ずしも十分であつたとは認め難い。

ところで、本件において被告人薬師寺の過失責任は従業者たる森拡が無資格者を発破作業に就かせ、且つ危険未確認のまま点火させた違反行為に関するものであるところ、右の発破作業における人選及び危険の警戒確認の如きは、鉱業権者の従業者らに対する選任監督と保安指導の基本的範囲に属するものである。のみならず、薬師寺被告人は鉱業権者であると共に、保安統括者(米庄鉱山において保安統括者が法令上義務づけられているか否かは、この場合の注意義務を考えるにあたつて必ずしも重要ではない)であるから、所論援用の一般的な事項のみならず、保安に必要な具体的監督も不可欠な任務といわなければならない。

とくに、本件の場合の如く通常の発破作業時間外にして、夜間又はこれに近い時間の発破作業、かかる時間帯において大小同時発破を行なう場合の危険を考えると、一段と保安上の注意をきびしくし、違反行為を防止するためには、一般的な保安規程を定めるだけではなく、直接又は間接(保安係の系列を通じ)、作業員らに対して右に必要な具体的監督、注意を促すべきである。しかるに、同被告人においてはかかる発破作業がなされていたことを知り、又は注意を促していた事跡は認め難く、殊に、これらの点は現場に居なくても、保安日誌等の点検により十分察知でき、且つ直接又は間接に監督可能なことと認められる。

更に、発破作業に従事する資格を有しない者に対する教育訓練上、発破の点火操作をもさせる必要があり、新納忠栄に実技を習得させるため、実際の作業をなさしめる必要があつたとしても、これを夜間発破又は大小の同時発破の場合になすべきではない。のみならず実習ならば、単独ではなく有資格者の傍において、助手として使用訓練すべきものであつて、右は妥当な方法ではなく、従業員に対する保安教育上の不注意を窺わせるものというべきである。

このようにみてくると、被告人薬師寺の従業者らに対する選任、監督、指導その他従業員の反保安行為を防止するに必要な注意に欠くる点があつたことは否定しがたく、主張の事由のうち是認し得べき事実をもつては、同被告人を免責するに十分とはいえず、従業者である相被告人森拡の違反事実から被告人薬師寺の過失を推定した原判決の事実認定を覆すに足りないものといわなければならない。したがつて、原判決が同被告人の過失を構成する事実を認めた点に誤認はないことに帰着し、当審における事実取調べの結果を参酌しても、右認定を左右するに足りないので、論旨はいずれも理由がない。

(三)  法令適用の誤りについて

(1)  小野弁護人の控訴趣意第三点は、原判決が鉱山保安法五八条につき、鉱業権者の無過失責任を定めたものと誤解し、これが適用をも誤つているというに帰する。

しかし、原判決が鉱山保安法五八条を鉱業権者の無過失責任の規定の如く解したか否かは所論指摘の根拠によつても、たやすく断定しがたい。仮に、同条をもつて、鉱業権者の無過失責任を定めたものと解したとすれば、前掲(第一、(一))説示のとおり右解釈は相当でない。すなわち、鉱業権者は保安に関し、従業者らの選任監督その他従業者らの違反行為の発生を防止すべき注意義務があり、これを怠つたとき過失責任を負うべく、したがつて、従業者らが保安上の違反行為をなしたときは右の過失が推定されるのである。故に、右は立証上の推定にとどまり、無過失又は従業者らの行為責任を転嫁せしめるものではないが、鉱業権者にして過失責任を免れるためには、過失のなかつたことを証明する必要があり、この証明に成功しない限り、同法五八条の過失責任を免れないこととなる。そうするとこの場合は、適用に先行する解釈過程で無過失責任説に立つて、同条を適用した場合と、結果的には変りがない。

ところで、本件において被告人薬師寺につき免責事由を是認しがたいことは前述のとおりであつて、該免責事由が認められない限り、同法五八条の適用をみるべく、原判決が無過失責任の如く解して同条を適用したとしても、又は右見解を斥け前示の如くいわゆる過失推定説に立つても、同条を適用することに変りはないので、結果において適用を誤つたことにはならない。論旨は理由がない。

(2)  橋本弁護人の控訴趣意第一、二点は要するに、新納忠栄を実技見習として、同時発破の作業に就かせたことに過失はなく、同人の発破音の聞き違えは予見しがたい重大な過失であつて、鉱業権者に転嫁し得ないものであるから、原判決の法令の解釈適用は誤りであるというに帰する。

しかし、発破作業に伴う重大な危険を考えると、該作業に就く資格のない新納忠栄をして、発破とくに、同時発破における大発破の点火操作をなさすべきでなく、また同時発破たる限り、早くても遅れてもいけないので、小割発破の連続音のうち初発後すばやく、電気発破器のハンドルを回して点火しなければならないところ、緊張のあまり、特に未経験者にあつては隣接鉱山等の類似音と聞き違え、あわてて点火することも予想され得ることであつて、これらを鉱業権者の従業者らに対する選任監督その他保安上必要にして予見可能な義務範囲にないというのは独自の見解というべきである。なお、鉱山保安法五八条の鉱業権者の責任を転嫁責任と解する所論も相当でなく、論旨は採用できない。

第二被告人森関係

(一)  事実誤認

(1)  小野弁護人の控訴趣意第一点は、原判示第一の二の事実につき、被告人森は新納忠栄に対し同判示一の如く申向けて発破作業に就かせたことはなく、また発破現場を離れるにあたつては浜野留幸に一切の措置を託していたので、危険のないことを確認しないで点火させたものでもない。原判決は証拠の評価及びその取捨選択を誤り、事実を誤認したものであるから破棄を免れないというにある。

しかし、原判決の挙示する関係証拠によれば、原判示第一の二の事実は優に認められる。なるほど、原審公判廷において被告人森は司法警察員及び検察官に対する右判示に副う供述部分を翻がえし、これらの供述部分を否定する趣旨の供述をなし、他面、新納忠栄においても、同人の司法警察員及び検察官に対する各供述に反し、被告人森の原審供述に副う供述をなした部分もないではない。しかし、同人の原審における右供述全体を通じて検討すると、被告人森及び浜野留幸の両名が居た場所で、発破作業に関し、いずれからいかに言われたかの点については、記憶があいまいであるけれども、少くとも被告人森及び浜野の発言相互の間には反対する趣旨のものはなく、互いに補足又は強化し合い、新納をして点火操作をなさせ、小割の発破が一発鳴つたら打てという趣旨を両方から言われたというものであつて、その全趣旨においては被告人森及び新納の司法警察員並びに検察官に対する各供述記載と全く相容れないものではない。したがつて、原審が右供述及び供述記載部部を措信し、これと相容れない被告人の公判廷における供述部分を排斥したことは相当であつて、右の証拠の評価又は取捨選択に誤りがあるとは認められない。

仮に、「小割発破が一発鳴つたら打て」という発言そのものが、浜野の方からなされたとしても、発破作業を任せられ、その指揮をとつていた被告人森も、その場所に居合せて話合い、右の発言をも聞いていて、危険を感じ反対すべきであるにも拘らず、むしろこれを容認し、新納をして点火操作をさせることにして、その場を離れたものであることは否定できない。したがつて、新納忠栄を発破作業に就かせたとの認定は相当であり、また小割発破が鳴るとき、小割作業員は退避している筈だから、他に危険の有無の確認は心要ないものと軽信して、見張や合図等による連絡確認の措置を構ずる意思もなく、したがつて、小割発破音を聞き違える危険を看過し小割作業員らに危険のないことを確認しないまま、被告人森において右発破現場を離れたものであることが認められる。そして、新納忠栄が小割発破音が鳴らないのに、大発破の点火操作をなしたのであるから、原判示第一の二の事実認定には誤りはなく、その他記録を精査し、当審における被告人森及び証人上杉謙介らの供述を聞いても、所論の如き事実を認め前記認定を覆すに足らず、原判決の事実誤認を発見することができない。論旨は理由がない。

(2)  橋本弁護人の控訴趣意第一点は、原判示第一の一の事実につき、同時発破にあたり、小割発破音を聞き違えることなど予想できないことであり、かかる予見不可能な出来事についてまで、被告人森の注意義務は存せず、同判示第一の二の事実につき、新納忠栄は実技を十分習得していた者であるから、同人を発破作業に就けても鉱山保安法に違反するものではないというにある。

しかし、前述(第一、(三)の(2) )のとおり、周囲の状況、大小の同時発破で新納の経験が浅いこと等からみて、小割発破音を他の類似音と聞き違えることも予想されない出来事ではなく、むしろ予見可能なことというべきである。また、同人が発破操作の経験に乏しいことは証拠に現われ、且つ、現に聞き違えた程の未熟練であつた点に徴しても、実技を十分に修得していたものとは認められない。したがつて、所論の前提事実は是認されず、被告人森に対する原判示第一の一の注意義務の構成並びに同第一の二の違反行為たる事実につき、事実誤認が存するものとは認められない。論旨は理由がない。

(二)  法令適用の誤りについて

小野弁護人の控訴趣意(第二点)によれば、原判決は原判示第一、二の事実につき、鉱山保安法五六条一号、五号、六条二項、三〇条、金属鉱山等保安規則三三条一項五号の四、三項、一四四条一項一〇号を適用しているが、鉱山保安法六条二項の就業制限は鉱業権者に対するものであつて、同法五六条一号により罰せらるべき主体は右鉱業権者のみであり、従業者らが同法六条二項に違反する行為をなしたときは同法五八条により処罰されるものであるところ、原判決は同条を適用していない。この誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破棄を免れないというにあつて、原判決が原判示第一の二の事実につき、法令の適用として所論指摘の法令のみを掲げ、鉱山保安法五八条を掲げていないこと、および同法五六条一号に同法六条二項の制限に違反して就業させた者とは、右義務に違反した鉱業権者であつて、これを処罰する規定と解されることは所論のとおりである。

しかしながら、本件の被告人森の如く従業者が同法六条二項の違反行為をした場合、同法五八条により行為者たる従業者が処罰されるのではない。右五八条は行為者たる従業者らも同法五六条一号により処罰されることを示すものである。つまり、右五八条は各本条の違反行為者に鉱業権者のみではなく、その従業者らをも包含される趣旨を明らかにした規定であり、そうでないとしても、行為主体を鉱業権者とした個々の規定につき、通則的な修正を施すものにすぎない。したがつて、適用法条として右五六条一号六条二項のほかに、五八条をも掲げるを相当とするとしても、しかし当該違反行為の構成要件とその罰則たる右六条二項と五六条一号を掲げる限り、右五八条の適用を前提としていることが明らかであるから、これを掲げなくても、判決に影響を及ぼすものとは解されない。殊に、原判決は併合罪の関係にある重い業務上過失致死罪の刑によつて処断しているので、判決に影響のないことは明らかである。論旨は理由がない。

以上のとおり、本件控訴はいずれも理由がないので、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項を適用して被告人らの負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田哲夫 裁判官 平田勝雅 裁判官 高井清次)

被告人薬師寺和寿の弁護人高原太郎の控訴趣意書

原判決は控訴人薬師寺に対して

「罪となるべき事実」として

「被告人薬師寺は米庄鉱山の鉱業権者であり、石灰石の採掘販売を業としている者であるが、

第二 被告人薬師寺は前記第一の二記載の日時場所において、その使用人である相被告人森が被告人薬師寺の業務に関し前記第一の二記載の違反行為をなしたのである。」

と判示し鉱山保安法第五十六条の一罪として処断し所定金額範囲内で同被告人を罰金五万円に処して居るのである。

してみれば、原判決は何等の考慮をも払うことなく鉱山保安法五十八条の両罰規定を適用して有罪の言渡をしたことが明らかであり、法令の解釈を誤り、延いて訴訟手続の法令に違反しているものであつて、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄すべきものと信ずる次第である。

以下その理由を説明することとする。

第一点

鉱山保安法第五十八条の法意は鉱業法第百九十四条と同じく使用人の違反行為を防止するため鉱業権者が当該業務に対してその選任監督につき相当の注意を払つたことが証明されたときは鉱業権者を処罰しない即ち免責する旨の但し書を附したものと同一であること、換言すれば鉱業権者よりその旨の主張立証がなされたときは同人を免責せしめる法意である。このことは最高裁判所大法廷判決(昭和三十二年十一月二十七日言渡)及び同第二小法廷判決の明示するところである。

而して被告人薬師寺は原審においてこの免責の事実につき極力その主張立証をなしていることは記録に徴し明白である。

当事者主義を建前とする新刑事訴訟法下においては被告人の右の主張を判断し以て判決の客観性を担保すべきものであることは言を俟たないところで、この主張が刑事訴訟法第三百三十五条第二項の主張に該当することは、恰かも刑法第二百三十条の二の規定において真実の主張がなされた場合と同様この判断をなさなければならなかつたのであり、被告人の尤も不満とし遺憾に感ずる点などである。左すれば原審が右の点の判断をなさなかつたのは訴訟手続の法令に違反し判決に影響を及ぼすことが明らかであつて破棄すべきものである。

第二点

鉱山保安法第五十八条の鉱業権者の免責の法意については第一点に論じてあるが、被告人の立証と原審の判断について考えて見ることにする。

右の立証が十分に尽されている点については共同弁護人より詳論されている筈であるが、本弁護人の処説を附加することを許されたい。それは被告人薬師寺が保安法規の命ずるところに忠実に真面目に立向い、鉱山保安施設の充実に努力し本件事故直前まで無事故記録を長年月持続したこと、当局の行政指導に従つて保安委員会の設置、保安規程の作成、採鉱夫の教育、資格取得の為の教育実施訓練を督励し、施設としては切羽の交換、照明設備(水銀灯、懐中電灯)命綱の設備をなし、隣接鉱区との間に発破協定をなす等また、使用人には優秀なる技術と経験を有する上杉、江頭、森等を幹部に挙用し機会ある毎に災害の防止に務むる様指導監督していたことは記録及び証拠物等に照し明らかで、証人下橋貫一、高橋諒、田中福美、野口武、江頭角夫、江原栄太郎、中島寿雄、岩田正澄、上杉謙介、江頭義光等の供述を参照すれば被告人が法の要求する使用人の選任監督に十二分の注意をなしていたことが立証せられていると言つて過言ではないであろう。

福岡鉱山保安監督局においても被告人については鉱業権者として鉱山保安に関して十分の措置を尽しておるものとして本件を鉱山保安法違反事件としては立件もしなかつたのである。

原審は本件事故の結果の重大性に眼を奪われて法的責任と企業責任を混同した嫌いがあるのではないか。かく言えばとて、被告人薬師寺としても多数の死傷者を出したことの社会的道徳的責任を回避しているのではない。その点は十二分に責任を感じて被害者遺族に対する慰藉料、損害賠償、家族の生活、子女の就学、その後の時々の供養、建墓等に渾身の努力を傾注しているのみでなく、一切の公職より身を退く等一向に謹慎しているのである。被告人が使用者の選任監督に相当以上の注意をなしていた事実を主張立証したのは真実の叫びなのであつて、之に一顧をも与えることなく保安法第五十八条が無過失責任を鉱業権者に要求しているものとして被告人に対し罰金刑の言渡しをなしたのは最高裁判所の判例に反する誤りを犯し、この誤りが判決に影響を及ぼしていることは説明を要しない。

よつて、この点においても原判決は破棄さるべきである。

被告人薬師寺和寿の弁護人小野亀寿男の控訴趣意書

右の者に対する鉱山保安法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

第一点原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある。

一 原判決は、被告人の(罪となるべき事実)について

「被告人薬師寺和寿は、(中略)米庄鉱山の鉱業権者であり、石灰石の採掘、販売(中略)を業としているもの(中略)であるが、

(中略)

第二、被告人薬師寺は、前記第一の二記載の日時場所において、その使用人である相被告人森が、被告人薬師寺の業務に関し、前記第一の二記載の違反行為をし

たものである。」

と判示し、(法令の適用)について

「判示第二の鉱山保安法違反行為は、鉱山保安法五八条、五六条一号(中略)に該当するので包括して鉱山保安法五六条の一罪として処断することとしその所定の罰金額の範囲内で、被告人薬師寺を罰金五万円に処し(以下略)」

と判示している。

二 右判示によれば原判決は相被告人森拡の鉱山保安法違反の行為を認定した上、被告人に対し直ちに同法五八条を適用して有罪の言渡しをしているのであるが、右森についての違反行為の認定が重大な誤認によるものであることは、別添右森の控訴趣意書において明らかにしたとおりである。而して被告人が責任を負うべきものとした右森の行為が誤認によるものである限り、同法五八条による被告人処罰の前提を失うこととなるので、原判決は当然に破棄さるべきものである。

第二点原判決は、被告人に対して、同人から免責理由となる事実の主張がなされたにも拘わらず、これに対する何らの判断を示すことなしに有罪の言渡しをした点において、訴訟手続の法令に違反し、破棄を免れない。

一 原判決は、相被告人森拡が鉱山保安法違反行為をした事実を認定し、被告人自身の有責行為については何等判示することなしに、同被告人に対し単純に鉱山保安法五八条の両罰規定を適用して、有罪の言渡しをしている。

二 ところで、いわゆる両罰規定の立法形式には、

(1)  本件鉱山保安法五八条と同じく単純に従業者たる行為者のほか、その業務主に対して各本条の刑罰を科する趣旨を規定するもの、(後記最高裁判例にかかる入場税法一七条の三、同中型機船底曳網漁業取締規則三一条など)

(2)  従業者の違反行為を防止するため当該業務主に対して相当の注意及び監督を尽したことの証明があつたときは、その業務主を罰しない旨の但書があるもの、(鉱業法一九四条、採石法四五条など)

(3)  業務主が従業者の当該違反行為を防止するため相当の注意を怠らなかつたことの証明があつたときは、罰しない旨の但書があるもの、(質屋営業法三五条など)

(4)  事業主が違反の防止に必要な措置をした場合には罰しない旨の但書があるもの、(労働基準法一二一条など)

(5)  業務主が普通の注意を払えば違反行為を知り得べきときに限り罰する趣旨を規定するもの(職業安定法六七条など)

等があり、(1) を除いてはすべて違反行為防止についての業務主の選任監督の義務懈怠が罪責の根拠であることを明文をもつて明らかにしている。唯(5) の場合には違反行為を知らなかつた過失を積極的犯罪成立要件とするに対して、(2) 乃至(4) の場合は、業務主の無過失の立証をもつて犯罪成立の阻却事由としている立法技術の差異があるに過ぎない。而して(5) の場合、有罪判決において過失の事実を積極的に判示する必要があることは勿論であるが、(2) 乃至(4) の立法形式の場合においても、被告人たる業務主から但書に該当する事実の主張があつたときは、同人に対する有罪判決において、右主張に対する判断を示さなければならないことは、刑訴法三三五条二項の解釈上疑問の余地がないところである。(参考、昭和三三年三月二七日、最高裁第一小法廷判決、刑集一二巻四号六五八頁)

三 ところで、(1) の立法形式による業務主体処罰の根拠については、従来から無過失責任説、過失責任説、過失推定説等の見解が対立していたことは周知のとおりであるが、昭和三二年一一月二七日、最高裁大法廷判決(刑集一一巻一二号三一一三頁)及昭和三三年二月七日、最高裁第二小法廷判決(刑集一二巻二号一一七頁)は、税金ほ脱、禁漁区操業という罪質を異にする違反行為に関する両罰規定について孰れも、「事業主に、右行為者らの選任監督その他違反行為を防止するため必要な注意を尽さなかつた過失の存在を推定と解すべく、したがつて事業主において右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り刑責を免れないとする法意と解するを相当とする。」

と判示し、過失推定説を採用することを明らかにした。而して右判旨が「憲法が無過失処罰を違憲としていることを立論の前提としているもの」(右昭和三二年判決、下飯坂裁判官補足意見)であることは、いうまでもない。又右二つの判決が、夫々罪質の異なる両罰規定について全く同一の文言で判示しているところからみて、右判例は、一般に(1) の立法形式による両罰規定についての公権的解釈を確立したものとみてよい。

四 叙上の判示に「過失の存在を推定した規定」という趣旨は、過失推定但書のない(1) の立法形式による両罰規定についても、但書を付した(2) 乃至(4) のそれと同様に解すべきものであるという意味にほかならない。以下に、その理由を若干付言すると、

(一) 判示は「過失の存在を推定した規定」の意味を更に説明して、「事業主において右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り、事業主もまた刑責を免れないとする法意」と述べている。右説明文言は(2) 乃至(4) の規定の「・・・証明したときは、これを罰しない。」旨の但書文言と表裏符節を合するものである。

(二) 両罰規定に業務主の過失推定の但書規定を設けるようになつたのは昭和二五年(第七回国会)制定の法律以降のことであつて、このような立法形式は、新憲法の建前と刑事責任の本質から、両罰規定の正当な解釈を立法的に裏付けるに至つたものと考えられる。

現在両罰規定に前記(1) 乃至(5) のような諸種の形式のものを存在せしめているけれども、同じ法律の改正により但書が付せられたり、同種の法律で但書があるものとないものとが併存している事実を直視するならば、立法論として過失推定の但書を明記した方が良いことは勿論であるが、現行法規上それが明記されていない場合も、それがある場合と同様に解釈することが妥当であり合理的である。

(三) 最高裁の右判例は「過失の存在を推定した規定」と表現しているけれども、ここにいう「推定」とは本来の推定規定(ある法条の要件に含まれない他の独立の事実をもつて要件事実を推定する場合)を意味するものではなく、いわゆる「暫定的事実」と称される場合に該当する。即一個の法条中のある要件事実(例えば従業者の違反行為)に基いて他の要件事実(例えば業務主の監督上の過失)を推定する趣旨の規定は真の意味の推定規定ではなく、推定事実を該当法条の要件から除外してその反対事実をもつて消極的要件とする趣旨に帰するものであつて、この場合に「推定」の用語を使うのは、右趣旨を簡潔に表現する便宜に出たに過ぎないとされている。即最高裁判例は、上記(2) 乃至(4) と同趣旨の但書が付された同様に解すべきであるとの意味を「過失の存在を推定した規定」という字句で簡潔に表現したと解するのが相当である。

五 以上に述べたところから、鉱山保安法五八条は前記最高裁判例に従えば、「但し法人又は人の代理人、使用人、その他の従業者の選任、監督その他当該違反行為を防止するために必要な注意を尽したことの証明があつたときは、その人又は法人については、この限りでない。」旨の但書が付されているのと同趣旨に解すべきものであり、被告人において、相被告人森拡の違反行為に関して、右但書に該当する事実を主張し且つ立証していることは一件記録に徴して明白である。

然るに原判決は、右主張に対して一言半句の判断をも示さずに、被告人に対し有罪判決を言渡したことは明らかに刑訴法三三五条二項と違背し、右違反が判決に影響を及ぼすこともまた明らかである。

第三点原判決は、被告人に対して鉱山保安法五八条の解釈を誤つて適用した違法があり、破棄を免れない。

一 刑事責任の本質は、違法行為について有責の本人を加罰する点にあり、他人の違法行為について何等故意過失の帰責原因のない者を刑罰に処することは、憲法三一条に違反する。前記最高裁判決が両罰規定の解釈につき過失推定説を採用したのも、叙上のことを立論の前提としていることは既に述べたとおりである。

鉱山保安法五八条についても、もしこれを業務主たる鉱業権者について無過失処罰の規定と解するならば、右法条自体違憲無効のものというべきである。

二 然るに原判決は、鉱山保安法五八条につき無過失責任説に立ち、その誤つた法解釈のもとに被告人の鉱業権者としての過失の有無の点については全く顧慮することなしに、単純に相被告人森拡の違反行為の事実のみに基ずいて被告人に同法を適用処罰したものであることは、以下に述べる理由から明白である。

(一) 被告人の刑事責任の根拠は、従業者である相被告人森拡の違反行為の事実にあるのではなく、あくまで被告人自身が右森拡の選任監督その他同人の違反行為を防止するため鉱業権者として必要な注意を尽さなかつた過失の点にあることは、前記最高裁の判旨によつても明らかである。両罰規定に関する過失推定説とは事業主の過失を基本としながら、唯立法政策上その立証責任を転換し、無過失の証明をもつて責任阻却の要件としたに過ぎない。

両罰規定について過失責任説、過失推定説、及無過失責任説の対立していることは前述のとおりであるがもし原判決が過失責任説の見解に立つならば罪となるべき事実の判示において、或は過失推定説の見解に立つならば被告人の無過失の主張に対する判断として、同人の過失の有無に関する判決が、判決書に示されているべき筋合である。然るにその孰れもないところからみると、原判決は被告人の処罰について、鉱山保安法五八条の解釈として無過失責任説を採用したものと解せざるを得ない。

(二) 原判決は相被告人森拡については、判決書の末尾に(被告人森に対する期待可能性について)と題して責任阻却事由の判断をかなり詳細に判示している。(尤もこの点について相被告人森拡は何等の主張をもしていないのであるが)これと対比して被告人の無過失免責の主張については全くこれを黙殺しているところからみても、原判決が無過失責任説を前提としているものであることを裏づけるものといえる。

尚(被告人両名に対する最刑の事情について)と題する部分に、鉱山保安監督官等の監督状況の不備について触れるほか、相被告人森拡らの労働条件について「……一定の計画的な過重労働の強要の結果がもたらした現象のようにも見受けられる」旨の極めてあいまいな判示があるけれども、右は単なる量刑の一事情としての配慮を示したものに過ぎず、これをもつて刑訴法三三五条二項の犯罪の成立を妨げる理由となる事実についての判断が示されたとはとうていいうことができない。

三 果して然らば原判決は、鉱山保安法五八条の解釈につき、憲法及最高裁判例に反する重大な誤りを犯し、同条を適用したものであつて、その誤が判決に影響を及ぼすことは既に述べたところによつて自ら明らかである。

被告人薬師寺和寿の弁護人橋本定の控訴趣意書

右に対する鉱山保安法違反被告事件につき控訴趣意を左の如く陳述する。

第一点

原判決は其理由(罪となるべき事実)に於て被告人薬師寺和寿は津久見市大字徳浦字合の元一、六〇五番地に鉱区を有する米庄石灰鉱業所米庄鉱山の鉱業権者であり石灰石の採掘、販売、並びに炭酸カルシユーム、石灰の製造販売を業としているものであるが、

第二被告人薬師寺は前記第一の二記載の日時場所においてその使用人である相被告人森が被告人薬師寺の業務に関し前記第一の二記載の違反行為をしたものであると判示して居る。

然れども被告人森は採鉱夫見習として就業中の新納忠栄を採鉱第一係の有資格者等と共に実技見習の為め就業させたのでこの事は決して鉱業法違反では無い新規採用した採鉱夫を実技見習として教育し順次実技を修得させて資格認定を申請して資格を受けることは鉱山保安監督局の認むる処であつて新納忠栄は既に一年に近き間採掘鉱夫の実技教育を受けて居るものであるのに米庄鉱山の小割の発破音(導火線発破音)の一発それは必ず継続音であるのに之を三百メートルも遠方からの戸高鉱山の電気発破音と聞き違えるなど採鉱夫として全く想像も及ばぬ重大な過失であつて何人も期待せざる重大な過失である之は其聞き違えた本人以外何人にも転稼し得ない重大なる過失である之は鉱業保安法に規定する鉱業権者の義務以前のものであると言つても過言では無い。

第二点

原判決は被告人森に対する期待可能性についての一項において米庄鉱山では昭和三八年四月一日から昭和四三年三月末の五ケ年間の生産計画を以て一人当り生産増加を図つて居り被告人等各従業員の収入は固定給のほか生産成績に応じた奨励附加金が支給せられると云う給与体系が取られているため採鉱関係の従業員は一日の予定生産量の目的完遂が直接に其収入に影響するところから早出残業等の苛酷な労働に耐えながら予定の生産目的達成に努力を尽した事が認められると言つて居るけれども之は誤認も甚しいのであつて早出、残業を歩増制度によつて認めて居るのは金属鉱山等に於て往々見る処であつて特に苛酷労働制度を設けたものではない殊に事故当日すでに日没後であるにかかわらず敢えて予定通り電気発破遂行の決意をした心情のうちには叙述の様な事情が作用していたことは否定出来ないと言つて居るけれども之は発破作業の実情を知らないものであつて小割発破と密接して大発破を施行することは発破作業の後続作業の運行上尤も好ましいものであるからである。

第三点

原判決は鉱業権者である被告人薬師寺に対して鉱業保安法第五八条両罰規程を適用して居るがこの事については高原弁護人から詳細陳述せられ原審主任弁護人の弁論要旨被告人薬師寺の最終陳述に於て鉱業権者として為すべき鉱業保安法上の義務遂行につき相当以上の注意義務を果して居る事を御勘案の上、被告人薬師寺に対して無罪の御判決あらむことを希うものである。

被告人森拡の弁護人小野亀寿男の控訴趣意書

右の者に対する業務上過失致死傷、鉱山保安法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

原判決は被告人に対し次のとおり事実を認定し法令を適用して処断した。

(罪となるべき事実)

被告人は米庄鉱山の採鉱第一係長で坑外保安係員に選任され、電気発破による石灰石の採堀作業につき採鉱夫を指揮監督するとともに、同作業についての保安を担当するものであるが、

一 昭和四二年九月五日午後七時二〇分ごろ、前記米庄鉱山A切羽において(中略)被告人としては、所定の警戒連絡員を配置するか、または自らが連絡にあたるかして、前記宮野律等の小割の発破準備作業を終え、同人等の退避により、発破作業が安全に行われることを確認のうえで点火者に連絡し、その者からさらに点火合図をさせるか、あるいは点火者自らが右退避等の確認後に点火する等の措置をとる等して、発破作業にともなつて発生する鉱山災害事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにもかかわらずこれを怠り、発破作業に従事するに必要な資格を有しない採鉱夫見習であつた分離前相被告人新納忠栄に漫然と「小割の発破が一発なつたら大発破をうて。」と申し向けて、電気点火器による電気発破作業を命じ、自らも現場を離れ、そのため警戒連絡員を配置のうえで小割発破を準備中の右宮野律等の退避等を確認し、点火させる等の措置を講じなかつたため、(中略)前記宮野律外一二名のうえに落下させ、よつて別表記載のとおり、同人外一一名を死因欄記載のとおり上半身粉砕骨折等により即死または間もなくその場で死亡させると同時に、江頭義光に対し加療約六ケ月を要する左側大腿骨骨折等の傷害を負わせ、

二 前記日時場所において、発破に関する作業は発破係有資格者でなければ就業させてはならないのにもかかわらず、右資格を有しない新納忠栄を発破作業に就かせると同時に、危険がないことを確認したのちでなければ点火できないにもかかわらず、危険がないことを確認しないで電気点火器による点火をさせた

ものである。

(法令の適用)及(処断)

判示一、の各業務上過失致死傷の行為は、いずれも行為時においては(中略)改正前の刑法二一一条前段(中略)刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として(中略)業務上過失致死の刑につき禁固刑を選択のうえ処断することとし、

判示二、の鉱山保安法違反の行為は(中略)包括して鉱山保安法五六条の一罪として処断し(中略)以上は刑法四五条前段の併合罪の関係にあるので(中略)被告人を禁錮一年六月に処し(中略)本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、

と謂うのである。

第一点原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実の誤認がある。

(1)  被告人が判示日時場所において新納忠栄に対し、判示一、の如き申し向けをなして、電気点火器による電気発破作業を命じたことはなく、従つて判示二の如く発破係無資格者新納忠栄に対し発破作業に就かせたことはない。

(2)  又判示一、の「現場」というのが発破場所に近接した周辺をいうのであれば、被告人が現場を離れたことに相違ないが、然し被告人は右現場を離れるに当つては、発破係有資格者であり且つA切羽の主任的立場にあつた浜野留幸に対し、後の発破に関する一切の措置を托したものであり、従つて判示二、の如く被告人が新納忠栄をして、危険がないことを確認しないで電気点火器による点火をさせた事実はない。

以下訴訟記録について詳述すると、

(右(1) について)

一 新納忠栄の供述を捜査段階から原審公判廷まで順次追つて見るに、

1 浜野留幸さんが今日はお前大発破を打たんかといいましたので取扱免状は持つていませんが打つてみろうかといいますと、小発破の方が一発なつたら大発破のスイツチを押すように注意を受けました。

(記録一六八六丁、昭和四二年九月六日、司法警察員の供述調書)

2 浜野さんが僕に打たんかといいましたのであります。このときそばにおりました森さんが今日は打つてみよといいましたので発破や火薬の取扱責任者がいうので僕は取扱免状を持ちませんが、火薬の取扱いを覚えたいので打つことにしました。(同一六九六丁、同月同日、司法警察員の供述調書)

3 A切羽の大発破をしかけた北側端の地点で、森係長から「今日はお前がやつてみらんか」といわれました。私は発破作業をする資格を持つていませんが先程もいいましたように今までにも三、四回やらせてもらつておりましたし、森係長が側で指図してくれるものと思い「ああ」と承諾の返事をしました。(同一七一六丁、同月同日、司法警察員の供述調書)

4 A切羽の上で森係長より今日は発破を打つてみないか、といわれたので「ハイ」と返事をしました。

(同一七八五丁、同月七日、鉱務監督官の供述調書)

5 吉田弁護人

あなたは発破を回す資格がないのに回すようになつたのはどうしてですか。

新納忠栄

テスターで調べあげた時に浜野君が、今日は新納君打つてみらんかといつたんです。それで僕は今日は暗いからといつたんですけど、せわないやつちみよ、経験のためや、というからしてみろうかといつて、テスター器を森君が持つているのを行つてもらつたんです。その時に森君が、今日は誰が打つのかというから、僕ですと、頼むぞといつたのでそのままテスター器を持つて発破器の方に行つたんです。

一発鳴つたら打てといつたのは誰ですか。

浜野君です。

その時は森君もおつたんですか。

森君も聞いておつたと思いますけど。

初めにそういつたのは浜野君ですか。

はいそうです。

それであなたは今日は暗いからといつたんですか。

はい。

そしたら大丈夫だから打てと。

はい。

それで何といつたんですか、一発鳴つたら打てというのはどこででてきたんですか。

せわない。発破が一発鳴つたらハンドル回せばいいんじやというから。

裁判官

誰が。

新納忠栄

浜野君です。

(同一九三八丁裏、一九三九丁表裏、昭和四三年九月一〇日、第一二回公判)

6 検察官

事故の日発破を打つに際してあなたは誰かに指示されたわけですね。

新納忠栄

はい。

これは誰ですか。

浜野さんから最初今晩発破を打つて見らんかということで。それで暗いから今日はやめときます、と断つたんです。その時森君は僕のところにおらんかつたですが、四・五メーター位向こうにおつたんです。僕が浜野君に断わりよる時に森君は下がりかけたです。それで断りきれずに僕は打つようになつて森君の所にテスターを取りに行つたんです。

浜野さんからそういう話をされた場所はどこですか。

A切羽のすぐ上です。

森君からテスターを受取つた場所はどこですか。

A切羽からちよつと離れた所です。

浜野さんから話をされた場所からどの位離れていましたか。七、八メーターか、一〇メーター位です。僕が断わりよる間に森君が下りかかつたので……。

(同二一一一丁表裏、同二一一二丁表、同年一〇月一四日、第一五回公判)

7 検察官

イ あなたは警察あるいは検察庁で、森君から指示を受けたという話をしていましたね。

新納忠栄

はい。

ロ これはなぜですか。

浜野君と僕が相談している時に、森君が四、五メーター位向こうにおるから、今日お前やれ、と言つたのが森君だと僕は思つて、警察で最初浜野君から指示を受けたと言つたら、森君がすぐ近くにおつて聞えないはずはないでしよう、と警察が言つたんです。テスターを取りに行つた時も森君が頼むと言つたから、森君が指示したんじやないかなと言つて、ああそうですか、私は言つたんです。

ハ 一発鳴つたら打てというのは誰に言われたんですか。

浜野君です。

ニ そういうことを森君から言われたという趣旨の話をしていますが。

あの時森君が一発鳴つたら頼む、と言つたごとありました。テスターを取りに行つた時。

ホ それは誰が打つという回答の後でそういうふうに言つたんですか。

へ もちろん一発鳴つたらハンドルをまわして点火してくれという趣旨でしようね。

だと思います。

ト そういうふうに言われた記憶があるから警察、検察庁でもその趣旨で説明をして来たということですか。

はい。

チ あなたは一発鳴つたら打て、という趣旨のことを浜野君と森君両方から言われたということですか。

そうです。死んだ人にはあまり……。かわいそうだから………。

リ 警察、検察庁で浜野君の名前があまり出てこないのは、死んだ人だという意味もあるんですか。

はい。

ヌ 両方からそのような指示を受けたことはまちがいないですか。

はい。

(同二一一七丁裏、二一一八丁表裏、二一一九丁表、右同日、第一五回公判)

公判廷における右の問答を仔細に検討することによつて事案の真相は自ら明らかとなる。即捜査段階における新納忠栄の供述が右1.から2.3.4と順次変転して行く理由が、右7.問答ロ、によつて極めて明瞭にくみとれるし、公判廷における新納忠栄の全供述によつて、被告人が新納に対し判示の如く申向け且つ命じたことのない事実も充分に窺い知られるのである。尚右7.の問答ト乃至ヌが検察官の誘導による措信できないものであることについては多くを語る必要はあるまい。

二 被告人は公判廷においては終始これを否認している。唯捜査段階ではこれを認めたが、それには次のような理由がある。

1 被告人は真面目できちようめんな性格の人であること。

(同一四二七丁裏、一四二八丁表)

2 本件事故当時、被告人は採鉱第一係長、坑外保安係員で現地大発破の直接の指揮監督者であつたこと。

3 本事故により死者一二名重傷者一名を出し、鉱業権者たる所長は出張不在、副所長岩男正澄及採鉱部長兼採鉱課長上杉謙介は共に帰宅後の出来事であり、工業所の内外は上を下えの騒ぎで、被告人の心中は正に転倒せんばかりに混乱していたこと、

4 浜野留幸の妻は被告人の妻の姉に当り、浜野留幸もまた本件事故によつて即死しており、狭い世間の縁故関係には複雑な感情が交錯していること。

(同一八四九丁裏)

5 電気発破(米庄鉱山では大発破に当る)の一切の措置を浜野留幸に托して被告人が現場を離れた事実をいえば「責任のがれに死人に罪をきせた」といわれると思つたこと。

(同一八五〇丁裏、一八八〇丁表)

6 しかも指導者もなく無謀にも単独で電記点火器に点火したのは被告人が指導教育を担当している新納忠栄であつたこと等によつて、被告人は自分が全責任をとろうと決心した(同一八四七丁裏)のであつて、その為捜査段階にあつて被告人自身が判示一、の如く指示命令したかの如く供述したのである。而して被告人が公判廷において従来の供述をひるがえしたことについて右1乃至6を綜合して考えると充分な合理的理由があるものといえる。

三 更に永年鉱山保安の厳しさに耐え抜いてき、新納忠栄の教育指導を直接担当して、発破作業につき適正な指導を続けてきた被告人が、判示一、の如き申向けや命令をしたり、判示二、の如く就業させたり等全く考えられないことである。

(同一九二四丁表乃至一九二六丁裏、一九二九丁表、一九四九丁裏、一九五〇丁表裏、一九六八丁裏、一九八六丁表、二一〇八丁表裏、二一五八丁裏及二一五九丁表裏)

四 又

裁判官

浜野に対し事故当日、今日は誰が警戒連絡に立つてくれるのかということは聞いたことはないんですか。

新納忠栄

僕は別に尋ねんだつたけど、今日は暗いからやめようといつたら、世話ないやれというので、あとからくるんだろうと思つたんです。だけど来ないし、下に降りたままだから、僕はそのまま発破器の所に行つて音が鳴るのを待つたんです。

被告人自身が今日は警戒連絡員として誰も下から上つてくれないんだなということは、いつわかつたんですか。

発破器をつけて、余備サイレンが鳴つてしまつてから、誰も来んようにあるから、僕一人で打つんだなと考えて僕は見張りに行こうと思つて出かかつたんです。

(同一九八六丁裏、一九八七丁表裏)

この問答から新納忠栄は、予備サイレンが鳴り終るまで、誰かがいつものように小割作業員の退避及発破現場の安全を確認した上で点火器のところまで来て、点火の時点を指示してくれるものとばかり思いこんでいたこと及従つて誰も右新納に対し、それより先に、指導者もつかず単独で大発破の点火器のハンドルをまわせ(即点火せよ。)と解釈されるような申向けも指示もしていないということが明らかに認定できるのである。

以上一、乃至四、を綜合して考えた時、被告人は新納忠栄に対し判示の如き申向けや命令をしていないこと及指導監督者もなく単独で発破に関する作業につかせたことのないことが極めて明白となるのである。

(右(2) について)

判示二、によると、「被告人が新納忠栄に対し、危険がないことを確認したのちでなければ点火できないのにかかわらず、危険がないことを確認しないで電気点火器による点火をさせた、」といつているが、その表現が極めてあいまいなため、その意味を把握し難いのであるが、

1 無資格者を発破作業に就かせた、その無資格者が偶々危険がないことの確認を怠つて点火した、だから就業させた者に責任がある。

というのか。

2 無資格者を発破作業に就かせた。然も就業させるに当つて漫然と「小割の発破が一発鳴つたら大発破を打て」と申し向けて電気発破作業を命じた。それはとりも直さず危険がないことを確認しないで電気点火器による点火をしてもよいと指示したことだ」

というのか不明である。

然し右のいずれであるにしろ、被告人が無資格者新納忠栄に対し、右の如き申向けや命令をしたり又指導監督者もなく単独で発破に関する作業に就かせたことのないことは右一、乃至四、によつて明瞭となつたところである。

判示一、において「警戒連絡員を配置のうえで小割発破を準備中の宮野律等の退避を確認し、点火させる等の措置を講じなかつた」といつているが、被告人は現場を離れるに当つて、発破係有資格者であり且つA切羽の主任的立場にあつて、採鉱係長たる被告人の指揮監督のもとにその指示によつて鉱業権者義務を代行する地位にあつた(同一八四五丁裏、一八四六丁表)浜野留幸に対し、「後を頼む」と指示し、「発破作業に関する一切の措置を同人に托して警戒連絡の為山を降りた」と供述している。(同二一五四丁裏、二一六三丁表及二一八三丁裏)

被告人が捜査段階においてそれをいわなかつたことは右二、において詳述したとおりである。だからこそ被告人は捜査段階では浜野留幸が自分の側にいたことさえひたかくしにかくしたのである。(同一八六二丁表裏)而して被告人は浜野留幸が右指示に基き、いつものように発破現場の安全を確認した上で大発破の操作をするものとばかり思つていた(同二一六〇丁表裏、二一六一丁表)のであつて、偶々幾つかの事情が錯綜したため被告人の意に反し、その期待通りにやらなかつたとしても、然して又その発生した結果が如何に大きかつたとはいえ、その為に被告人が刑事上或は鉱山保安法上の責任を負わねばならない理由はないのである。

以上により原判決は事案の真相を見誤り事実を誤認していることが明瞭となつたので、これは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから当然に破棄さるべきである。

第二点原判決は法令の適用を誤つている。

原判決は判示二、の事実につき、鉱山保安法五六条一号、五号、六条二項、三〇条、金属鉱山等保安規則三三条一項五号の四、三項、一四四条一項一〇号を適用しているが、元来法五六条一号にいう法六条二項の就業制限は、規則三三条三項及一項五号の四により明らかな如く鉱業権者義務であつて、法五六条一号によつて処罰を受ける本来の主体は鉱業権者のみである。然し鉱業権者の使用人その他の従業者がその鉱業権者の業務に関して法六条二項(規則三三条三項及一項五号の四)に違反する行為をなしたときは法五八条によつて始めて行為者も処罰せられることとなるのである。(昭和三四年六月四日、最高裁第一小法廷決定、刑集一三巻六号八五一頁)

然るに原判決は処罰の根拠条文たる法五八条を適用していないのであるが、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきであるから、この点からしても破棄を免れない。

被告人森拡の弁護人橋本定の控訴趣意書

右被告人に対する業務上過失致死傷鉱山保安法違反被告事件につき控訴趣意を左の如く陳述する。

第一点

原判決は被告人森は米庄鉱山の採鉱第一係長で坑外保安係員に選任せられ電気発破による石灰石の採掘作業につき採鉱夫を指揮監督するとともに同作業についての保安を担当するものであるが被告人森は、

一 昭和四二年九月五日午後七時二〇分ごろ前記米庄鉱山A切羽において発破作業を行なうに際し発破作業にともなつて発生する鉱山災害事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、発破作業に従事するに必要な資格を有しない採鉱夫見習であつた新納忠栄に漫然「小割の発破が一発なつたら大発破を打て」と申し向けて電気点火器による電気発破作業を命じ自らも現場を離れそのため警戒連絡員を配置のうえで小割発破を準備中の右宮野等の退避等を確認し点火させる等の措置を講じなかつたため前記隧道の入口の電気点火器の位置において右小割の発破ひびくのを待機していた右新納においてA区切刃から水平距離東方約三〇〇メートル離れて所在する戸高第一津久見鉱山の電気発破の爆音を被告人森から申しむけられた合図のA切羽下丁場の小割の導火線発破の爆音と聞き違えその発破爆音を聞くと同時に電気点火器のハンドルを転回して通電させてA区切羽の電気発破を行うに至つたためその爆落石を前記宮野律外一二名のうえに落下させ同人外一一名を死亡せしも江頭義光に傷害を与えたと判示して居る。

然れども被告人森はA切羽で小割発破と小割導火線発破を行うについてはこの日始めて行うたものではなく且つ大発破係員全員と協議した上での事であり採鉱夫見習の新納忠栄も既に一年近く実技を修習し発破の方法、発破作業の実態、同時発破の態様等についても充分修習して居つたものであり「小割が一発なつたら打て」と云う言葉の意味は採鉱夫とし充分承知して居るものであり採鉱夫として一年近く実技を修得して居る限りこの導火線発破の音と電気発破の音とは音質が相違して居る事位は日常知り過ぎて居る筈である、小割導火発破音は決して一発の音でなく必ず連続音である本件事故の日の小割の発破音はこの小割係員一三人で一人で少くとも七、八発づつ点火して居る筈であるからその連絡音は相当続いたものであつて之を電気発破の一発と聞き違えること断じて予想出来ない処であつて之は採鉱係長又は其他の係員の責任以前のものであつて本件事故に関する限り新納忠栄の甚だ重大な過失によつて惹起したのであつて若し新納が小割が一発鳴つてから大発破を打つて居れば断じて事故は起らず済んだものである小割が「一発鳴つてから打て」と云うことは之が率直に守られる限り同時発破の一つの方法であるとせられる。

二 更に原判決は前記日時場所に於て発破に関する作業は発破係有資格者でなければ就職させてはならないのに右資格を有しない新納忠栄を発破作業に就かせる同時に危険がないことを確認したのちでなければ点火できないのにかかわらず危険がないことを確認しないで電気点火器による点火をせよと判示して居る。

然れども既に前項に於ても述べた通り新たに採鉱夫を採用した場合見習として実技を修習させて居るのは一般に認容せられて居る処であり殊に新納忠栄は既に採鉱夫として一年近く修習し相当修練を積んで居たものであつた、決して鉱業法違反ではない。

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